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インタビュー

Q:ご自身の以前の作品がどのようにあなたを『スワンソング』に導いてくれたのか、聞かせてください。

『スワンソング』は、私にとって自身のシリアスな面に戻る作品なのです。『Another Gay Movies』(06)の奇抜な世界のあとで、私は自分のルーツに戻り、『Edge of Seventeen』(98)に始まり『Gypsy 83』(01)に続く”オハイオ3部作”として考えていたことを終わらせたいと思いました。でも正直に言うと、自分自身の個人的で自伝的な面を再び人前にさらす勇気を見つけるのに、数年かかってしまったのです。出だしで何度も躓いたけれど素晴らしいセラピストたちのおかげで、私はついに勇気を奮い起こし、自分の心を再び開くことができました。多くの意味で、パットというキャラクターは私自身です。自分が愛することをするのに遅すぎることはないと私に語り掛けてくれるのです。

Q:ウド・キアーを思い描いて脚本を書いたのですか?

「イエス」と言うべきでしょうが、じつは初稿を書いたときに頭に浮かんでいたのはジーン・ワイルダーでした。でも完璧なパットを探し求めて1年以上が過ぎ、パットの良さを十分に発揮できるのはこの地球上にたったひとり、ウド・キアーだけだとわかったのです。毎日セットで目撃するウドの演技は、まさに匠の演技そのものでした。

Q:この脚本に対するウドの最初の反応はどのようなものでしたか?

ウドはすぐに連絡してきて、とても気に入ったと言ってくれました。私はすぐに飛行機に飛び乗り、彼と会うためにパームスプリングスに向かいました。あとは御存知の通りです。ウドは親切にもこの映画をスタートさせるために助力を惜しまなかった。のちにパームスプリングスに戻って、彼の素晴らしいリビングルームで試作ビデオを撮影しました。『スワンソング』を作った最大のボーナスのひとつが、ウドと親友になれたことです。彼はもう家族です。

Q:アメリカの小さな町サンダスキーに引き付けられる理由について聞かせてください。

オハイオ州サンダスキーは、私が生まれ育った町で、これからも常に私という人間の大きな部分を占めることでしょう。何年にもわたって自分の故郷の町と愛憎関係にありました。去りたくてたまらなかったのに、今では戻りたくてたまらない。この町で1997年に『Edge of Seventeen』を撮影して以来、時代は変化してきましたが、映画のゲイのストーリーラインは隠しておく必要があるのではと感じていました。ところが、プロデューサーのエリック・アイゼンブレイとともに『スワンソング』のプリプロダクションを始めるために町に戻ったとき、サンダスキーは3回目のゲイ・プライド年次フェスティバルを祝っていたのです。私の中のクィアの部分は、どう考えたらいいのかわかりませんでした。何年も衰退したあとで、サンダスキーは再び目覚め、この映画のパットの復活を触発する手助けをしてくれたのです。

Q:生死にかかわらず、自分の葬儀に髪を整えてもらうなら、誰を選びますか?

もちろん、偉大なる故ミスター・パットですよ! でも映画が公開されたあと、彼のところは予約が殺到するでしょうから、次に選ぶなら、故シドニー・ギラロフですね。ハリウッドの天才ヘアスタイリストで、彼の作品がリンダ・エヴァンスの最後のスタイルにインスピレーションを与えてくれました。と言うのは冗談で、本当は、棺に入った私のヘアスタイルは夫のティムにお願いしてあるのです。私のスタイルを本当にわかっているのは彼だけですからね(笑)。